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<<その他>>広報紙に見る「ごみ」の歴史(4)
昭和30年代終わりにおいては、高度経済成長に伴うごみ処理施設をはじめとする生活環境施設の整備の立ちおくれは深刻であったようです。
それに対して、政府は、昭和38年12月には、生活環境施設の緊急かつ計画的な整備を促進することにより、生活環境の改善と公衆衛生の向上とに寄与することを目的として「生活環境施設整備緊急措置法」を施行するなど、国をあげての努力をつづけたようです。
(参考)
衆議院ホームページ
生活環境施設整備緊急措置法(法律第百八十三号)
明石市においても、昭和39年1月には魚住清掃工場(し尿処理施設)を完成させ、昭和40年1月には新しいごみ焼却場を稼動させました。
市政だより第68号(昭和39年1月号)(PDFファイル・418KB)
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(第3面(2ページ目)には、明石市の人口の伸びについての記事もあります。人口も急激に伸びていたようです。)
市政だより第74号(昭和39年11月号)(PDFファイル・194KB)
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大久保町松陰字石ケ谷に作られた新しいごみ焼却施設は、60トン/8時間の焼却能力を持ち、同施設の完成により、茶園場町にある焼却場とあわせて、ようやく明石市全部のごみを焼却できる体制が整ったようです。
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