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<<その他>>広報紙に見る「ごみ」の歴史(8)
高度経済成長とともに増え続けたごみの量は、昭和40年代後半にピークを迎えます。昭和50年12月1日の市政だより第242号2・3面では、「ゴミ問題を考える」というテーマで行われた特別座談会の記事が掲載されていますが、それを読むと当時の様子がよく分かります。
市政だより第242号(昭和50年12月1日付)(PDFファイル・338KB)
5年前に比べて約2倍になったごみの量は、1日平均約350トンで、そのうち燃やせるごみは約250トン。
それに対し、焼却炉で燃やせる量は約100トン。燃やせないごみ約100トンとあわせて、1日に約250トンものごみが、直接埋め立てられていたようです。
当時、使用していた焼却炉は、昭和40年に設置したものですが、ごみの量の増加による酷使やプラスチックごみなどの増加による熱量の増により、設置後わずか10年で老朽化し、能力的には、1日180トンの焼却能力の約6割弱しか発揮できない状況のようでした。
そのため、明石市では、市の予算の4分の1、約45億円をかけて新しい焼却炉の建設を開始しました。
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