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<<その他>>広報紙に見る「ごみ」の歴史(9)
高度経済成長とともに増え続けたごみを処理するため、明石市では、市の予算の4分の1、約45億円をかけて新しい焼却炉の建設を開始しました。
また、それにあわせて、焼却炉を少しでも長持ちさせるためにごみ分別の徹底を図っていただくよう、キャンペーンを展開しました。
当時使用していた焼却炉は、昭和40年に建設されたものですが、わずか10年あまりで老朽化してしまいました。
その原因は、ごみの量自体が焼却能力を上回っていたということもあったでしょうが、分別が徹底されていなかったため、炉に大きな負担をかけるプラスチックごみが可燃ごみに混じっていたことも大きかったと思われます。
プラスチック類は、燃やせば簡単に燃えるのですが、高熱を発するため炉をいためます。そのため、「燃える」のですが、「燃やせない」のです。
そのことを市民のみなさんに理解していただくため、現在も使用しているごみ分別の種類、「燃やせるごみ」、「燃やせないごみ」という名称をこの時期から使い始めたようです。
市政だより第262号(昭和51年10月1日付)
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